2018年01月07日

Heaven & Ale / eggertspiele (2017)

ヘヴン&エール。

キースリングの相方探しシリーズ。

エセタイムトラックと隣接タイルの発動というグレンモアの影響が見られ、お前クラマーなら誰でもいいのかよと思わせて、その実シュミットさん(シュミットとは特に関係がない)との共作である。誰なんだシュミットさん。めっさ絵上手いな。

無理に過去作との関連性を見出すのであれば、決算の回数が限られていて、それがお金を得るか勝利点を得るかという選択であれば、クラマーと一緒にalea黄金時代の一端を担ったフィレンツェの匠...と言いたいところですが、残念。これはクラマー単独作であるところのハチエンダの市場連結でしょう。

シュミットさんが、「ハチエンダのあれ流用しましょうよ。僕ハチエンダ大好きなんですよ。いやー、流石ですよね。え? あれキースリングさん絡んでないんでしたっけ?」って言って変な空気になったかどうかは知りませんが、市場のタイルの両面印刷のパターンの不一致や、5円カード10円カードの形状、ハチエンダを意識していることは明らかで、キースリングがハチエンダプロジェクトからハブにされたことを根に持っている証左と言えるでしょう。いや、カッラーラだろうという指摘についてはごもっともですというより他ありません。


さて、ゲーム内容としてはタイルを獲得して、自身のボードに配置する。これだけです。
インタラクションを、タイルのピックの部分に絞って後は箱庭でよろしくやってください、としたのはアグリコラを代表とするワーカープレイスメント的な濃度のインタラクションでさえ忌避されるようになった時流に即したものでしょう。
一方で、時流という観点からもう一つ、ドイツゲームがユーロゲームとなり、ゲームボリュームの肥大化によって強く意識されるようになった脱落。これをどうケアするかは目下の課題であります。脱落が起こらないように、プレイヤーがどの選択をしたとしてもそこそこ勝負になるように見せかけたり、実質差が出ないデザインにするところを、本作においては明らかな悪手が存在するという意味で挑戦的なデベロップとなっています。エッガートは丸くし過ぎない調整を行うパブリッシャーではありますが、インタラクションを緩めた一方で箱庭構築の失策を明確にプレイヤー自身に問うてくるデザインで、今後もゲーマー寄りのパブリッシャーとして存在感を強めてくるでしょう。
剥き出しのマルチゲームから、カタンやエルグランデという自分の利になるからと直接攻撃に正当な理由与えるデザインへ、さらには間接的なインタラクションであるプエルトリコやアグリコラ、インタラクションを陸上競技的なレースへ置き替えたドミニオン、年を経るごとに人と人とのつながりは薄れていく一方だ。
そんなマルチを忌避し、うちに引きこもりがちな今時のゲーマーを対象とするならば、「あいつのせいでうまくいかなった」を「おれのせいでうまくいかなかった」とするのは時代の要請と言えるでしょう。あぁ、スプロッターお前だけが僕らの希望だよ。

ゲームエンジンであるところのエセタイムトラックについてですが、これは大きな変更となっています。手番順も手番数も変わらないという変更を加えることでタイムトラックの良さを殺しています。遅れて残り物のタイルを得るか、それとも手番数を犠牲にして良いタイルを取るかというジレンマがタイムトラックにはありました。しかし、先のタイルを取っても、手番数が減らないのであればタイムトラックである意味は薄く、タイムトラックというよりは変則ロチェスタードラフトと言った方が誤解が少ないかもしれません。箱庭のマネジメント部分が重いため、ピックのゲーム性を軽くしたのは悪くない判断だとは思いますし、逆に見るべき場所が広がっているのは前述の自己責任のゲームデザインとしても一貫しています。

結論しては、よく出来たパズルゲーム。ガードレールがないことも評価できる。しかし、この手のゲームは慣れてくるとインタラクションが発生し、より面白くなることが多いが、本作においてはそれは期待できない。ボードの状況から狙いが読むのが億劫だし、一点を狙うということも起こりづらい。



ichinenjumirai at 00:37│Comments(0)ゲーム 

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